第3号2024年7月発行
「ふくの国 山口」第3号の表紙を飾るのは、お笑い芸人のやす子さん。
山口県宇部市出身のやす子さんに、現在の暮らしや山口の思い出、山口の魅力、将来の夢などを存分に語っていただきました。
山口県そのものが実家
心も体もリセット!
山口に帰るのは
今の自分にとって必要な時間
—— 現在の暮らしはいかがですか?
おかげさまで毎日忙しくさせてもらっています。お仕事をいただけるだけでもありがたいので、何にでも挑戦する姿勢でやっています。最近はお仕事で年に数回山口に帰りますが、それが今の私にとって一番必要な時間です。心がリセットされて、また頑張れるんです。
—— やす子さんにとって山口県はどんな存在でしょう?
「一番素の自分に戻れる場所」です。ちょっと疲れてしまったら山口に帰って息抜きして、リセットして、素の自分を取り戻す。空気も景色も人も全部含めて、もう山口県そのものが実家っていう感覚ですね。いつも山口宇部空港に降り立った時点ですでに「実家に着いたぞ〜!」ってなっています。
—— 山口県に帰ったら必ず買うものや、食べるものはありますか?
自宅で作る瓦そばのセットです。お土産としてはもちろんですが、自分で食べる用にも買っています。実家の食卓によく登場していたので、おいしさと懐かしさの両方を楽しんでいます。それと、地元で人気のうどんチェーン店へ行きます。肉うどんとわかめむすびをセットで食べるのが私の定番です!
—— 山口で「思い出の場所」と言えばどこでしょう?
一番の思い出の場所は宇部市の「ときわ公園」です。高校を卒業するまで宇部市に住んでいて、動物園も植物館も野外彫刻もあるときわ公園を部活でよく走っていました。今でも動物園のコツメカワウソにはよく会いに行きます。そうそう、園内には私の大好きなアニメ「エヴァンゲリオン」に登場した「ロンギヌスの槍」が設置されているんです。宇部市は庵野秀明監督の出身地で、宇部新川駅などエヴァの舞台のモデルになった場所が点在しています。エヴァファンにはぜひ足を運んでもらいたいですね。それから、山口きらら博記念公園で開催されている野外音楽イベント「WILD BUNCH FEST.」。高校生の頃、そこでヒップホップにはまって、今の自分の活動の一部につながっています。県東部だったら周防大島も思い出の場所です。高校の水泳部の友達と宇部市から周防大島までキャンプに行ったのが懐かしいです。片道100キロメートル以上の距離を自転車で、それもママチャリですよ! お尻は痛かったけど楽しかったなあ。山陰エリアだと、猫寺と呼ばれている萩市の雲林寺です。たくさんの猫と猫グッズがあって、猫好きにはたまらないスポットです。今年の1月にも母と妹と一緒に行って、かわいい猫ちゃんと触れ合ってきました。美祢市の秋吉台サファリランドや秋芳洞にも思い出がいっぱいです!
将来の夢は子ども食堂を開くこと
子どもたちのお腹も心も満たしたい!
—— 今年ニューヨーク・タイムズ紙の「2024年に行くべき52ヵ所」に山口市が選ばれたことはご存じですか?
はい! 実は4歳まで山口市で暮らしていました。今回、「瑠璃光寺五重塔」がフィーチャーされてびっくりです! 小さな頃からすてきだなと思っていて、今は70年ぶりの屋根の葺き替え工事中ですが、めったに見られない姿なのでしっかりと見ておきたいです。あとは湯田温泉も、祖母の家が近くにあってすごく身近な存在です。無料の足湯がいくつかあるんですが、私のお気に入りは井上公園の足湯で、山口に帰ったらよく立ち寄っています。
—— やす子さんが思う山口県の魅力を教えてください。
空が広いこと。山口は空が広いって、東京に来て初めて気づいたんです。東京は日が沈むのも、昇るのも見られる機会が少なくて、山口の自然の豊かさを実感しました。それと魚がおいしいのも魅力です。この前、芸人の先輩が萩市に行ったそうで、「魚がうまかった!」と絶賛していました。
—— 将来の夢や目標はありますか?
いつか子ども食堂を開くのが夢です。実は、私は家庭環境があまり良くなくて、よく子ども食堂のお世話になりました。ご飯が食べられることもそうですが、人の温かさに触れられ、すごく助けられました。だから、今度は私が子どもたちにお腹いっぱい食べてもらう番。東京なのか山口なのか、全く違う所なのかまだわかりませんが、実現できたら山口のご当地給食メニューの「チキンチキンごぼう」は必ず出したいです。他にも山口の名物や食材をたくさん食べてもらいたいですね。お仕事で目指しているのは、見ているだけで元気になれる、明るくなれる芸人です。「芸人は笑われるな、笑わせろ」とも言いますが、自分は笑われる芸人でもいいと思っているんです。最終的には山口に帰りたいですね。山口を拠点に何かできたらいいな。
—— 最後に、次代を担っていく若者たちにメッセージをお願いします。
夢は絶対にかなうとは言い切れませんが、人生一度きりなので、やりたいことが見つかったらぜひ挑戦してほしいです。でも、しんどいなと思ったら逃げてください。とにもかくにも、自分を大事にすることが一番です。もし落ち込んだときは、私のSNSを見てください。もしクスッと笑って、少しでも元気になってもらえたら、私は幸せです!
やす子さんの好きな場所
ときわ公園(宇部市)
常盤湖を中心として、東京ドーム約40個分の広大な敷地が広がる総合公園「ときわ公園」。敷地内には、野外彫刻や遊園地、動物園、植物館などを有し、「日本の都市公園100選」や「さくら名所100選」にも選ばれる(写真左)(写真上)。地元企業が鋳造した全長約7メートルの「ロンギヌスの槍」が設置されていることでも話題に(写真右)(写真下)。
周防大島
瀬戸内海で3番目に大きな島。ハワイ州カウアイ島の姉妹島で「瀬戸内のハワイ」とも呼ばれ、豊かな自然や温泉、風情ある町並みが魅力。移住先としても人気。
雲林寺
萩市むつみ地域にある「雲林寺」。大小さまざまな猫の置物、「猫みくじ」、猫のお守りや絵馬などがあり「猫寺」としても親しまれている。
チキンチキンごぼう
山口県のソウルフード。学校給食から県内全域に広まり、家庭料理として定着。一口サイズの鶏の唐揚げと素揚げしたごぼうを甘辛いタレで炒めた一品で、白ご飯との相性も抜群。
やす子
1998年9月2日生まれ。山口県宇部市出身。山口ふるさと大使。ソニー・ミュージックアーティスツ所属のお笑い芸人。元自衛官の経歴を生かしたネタと真面目で温かい人柄、「はい〜」のフレーズで多くから愛される。趣味・特技はDTM機材による楽曲制作やイラストを描くこと。
やまぐちめぐり
NYタイムズ紙に紹介された山口市は中世、守護大名大内氏が本拠を構え、「西の京」として栄えました。
大内氏の強い政治力と朝鮮や明との貿易による豊かな経済力を背景に、雪舟をはじめ多くの文化人が来訪し、独自の文化として「大内文化」が花開きました。
常栄寺雪舟庭
じょうえいじせっしゅうてい
水墨画で知られる画聖・雪舟が築いた庭園。大内政弘が別邸を建てる際に築庭を依頼したと伝わっている。立石など、禅の雰囲気があふれる日本庭園の代表作として国の史跡・名勝に指定され、本堂にたたずめば、一枚の風景画のような眺めに没入できます。
国宝・瑠璃光寺五重塔
こくほう・るりこうじごじゅうのとう
国宝に指定されている大内文化の最高傑作で、日本三名塔の一つに数えられる。現在、70年ぶりの大改修中。本堂での塔内の秘仏公開や、イラストによる大内氏の時代絵巻など、改修中限定のお楽しみは必見です。
大内人形
おおうちにんぎょう
大内文化を代表する伝統工芸品「大内塗」。大内氏の夫婦円満のエピソードをもとに作られた「大内人形」は、丸顔におちょぼ口と切れ長の目元、繊細に描かれた装飾が印象的です。男女一対で飾られる夫婦円満の象徴とされており、大内人形の絵付け体験もできます。
龍福寺
りゅうふくじ
毛利隆元が大内義隆の菩提を弔うために、戦火で焼失した同寺を大内氏館跡地に再建。一帯には館の遺構が残り、大内氏の栄華を垣間見ることができます。NYタイムズ紙では紅葉に染まる参道が紙面を飾りました。
一の坂川
いちのさかがわ
京の鴨川に見立てられた一の坂川は、風情ある山口のまちの中心的存在。春は桜、初夏はゲンジボタルと、四季折々の風物詩を楽しめます。古民家を改築したカフェなどレトロな町並みは休憩や散策にピッタリ。
竪小路
たてこうじ
大内氏が京を模した町づくりとして整備した通り。江戸時代には、毛利氏が参勤交代のために開いた街道「萩往還」の一部に。幕末に藩士の宿舎になった「十朋亭」など、維新志士ゆかりの史跡・施設が点在しています。
山口サビエル記念聖堂
やまぐちさびえるきねんせいどう
フランシスコ・サビエルの山口来訪400年を記念し、1952年に建立。焼失後、1998年に近代的な現在の教会が再建されました。2本の塔は街のランドマークの一つで、礼拝堂内には美しいステンドグラスが施されています。
ういろう
山口のういろうは、わらび粉が使われ、もっちりとした食感が特徴。蒸し上げられて間もない「生外郎(ういろう)」は絶品。店ごとにこだわりがあり、食べ比べも楽しい。
山口祇園祭
やまぐちぎおんまつり
約600年前、大内氏により京都の祇園祭を取り入れた祭礼が行われたことが始まりとされる伝統のお祭りです。7月20日から27日にかけて、鷺(さぎ)に見立てた頭と羽をつけて舞う「鷺の舞」、神輿の巡行や市民総踊りなど、さまざまな催しが行われています。
山口七夕ちょうちんまつり
やまぐちたなばたちょうちんまつり
大内氏が先祖の冥福を祈るため、お盆の夜に笹竹の高灯籠に火を灯したのが由来とされています。毎年8月6日・7日に開催され、数万個の紅ちょうちんが織りなす光のトンネルが幻想的です。祭りでは、ちょうちん山笠の巡行も行われ、山口の夏の風物詩となっています。
SLやまぐち号
えすえるやまぐちごう
1979年8月、全国の国鉄路線に先駆けて復活以来、新山口・津和野間(約63km)を走り続けています。修理のため2年間運休していましたが、2024年5月から運転を再開しました。車内はレトロな装飾で、タイムトラベルしたかのような汽車旅が楽しめます。
湯田温泉
ゆだおんせん
けがをした白狐が傷を癒していたという伝説から、「白狐の湯」とも呼ばれる湯田温泉。山陽屈指の名湯とされ1日2,000t超の湧出量を誇ります。肌によくなじむ柔らかいお湯は「美肌の湯」として評判。7カ所に点在する足湯もおすすめ。
毛利氏庭園・毛利博物館 (防府市)
もうりしていえん・もうりはくぶつかん (ほうふし)
国指定名勝の広大な庭園は、明治・大正時代の造園技術が詰め込まれており、人工物と自然の見事な調和、桜や紅葉など四季の花木が見どころです。書院造りの本邸は博物館として、雪舟作「四季山水図」など国宝4件ほか毛利氏伝来の文化財約2万点を収蔵。年間の企画に合わせ、展示が行われます。
角島大橋・角島灯台 (下関市)
つのしまおおはし・つのしまとうだい (しものせきし)
角島大橋は山口県を代表する絶景スポットの一つ。全長1,780mの橋を渡る爽快感は格別。角島灯台は、明治9年に点灯した日本海側初の洋式灯台で、展望所からは360度の大パノラマが楽しめます。
道の駅北浦街道 ほうほく (下関市)
みちのえき きたうらかいどう ほうほく (しものせきし)
本州最西端の道の駅。物産館には鮮魚や特産品が盛りだくさん。遠景に角島大橋を望むレストランでは、地元の新鮮な魚料理を堪能できます。
元乃隅神社 (長門市)
もとのすみじんじゃ (ながとし)
123基の赤い鳥居と青い海のコントラストが美しく、アメリカのCNNが発表した「日本の最も美しい場所31選」に選ばれた絶景スポット。
錦帯橋 (岩国市)
きんたいきょう (いわくにし)
清流錦川に架かる5連の木造橋です。日本三名橋の一つに数えられ、国の名勝に指定されています。春の桜、夏のう飼、秋の紅葉、冬の雪化粧と、四季折々の景観が楽しめます。
柳井白壁の町並み (柳井市)
やないしらかべのまちなみ (やないし)
中世の町割りそのままに、江戸時代の商家が今なお残っています。国の重要伝統的建造物群保存地区。軒先に飾られた民芸品「金魚ちょうちん」が風にゆれる光景は、写真映えも抜群です。
別府弁天池 (美祢市)
べっぷべんてんいけ (みねし)
透き通ったブルーの水が神秘的な別府弁天池は、「日本名水百選」にも選定。池の底からは毎秒186ℓもの水が湧出しています。隣接する養鱒場ではニジマス釣りを楽しめるほか、売店で販売しているマスバーガーや弁天名水コーヒーも人気です。
道の駅センザキッチン (長門市)
みちのえき せんざきっちん (ながとし)
仙崎港直送の新鮮な魚介を中心に、地場産野菜や長門の特産品がずらり。さまざまなレストランなどで長門の食を満喫でき、バーベキューコーナーでは、直売所で購入した品々を自分で焼いて食べることができます。敷地内の「長門おもちゃ美術館」では、長門産木材を使った積み木やパズルなど、温もりある木のおもちゃで遊べます。
青海島 (長門市)
おおみじま (ながとし)
「海上アルプス」とも称される北長門海岸国定公園の代表的な景勝地。独特な断がい絶壁や洞門、石柱、岩礁が織り成す絶景が特徴。道の駅センザキッチンから青海島観光汽船が出航しています。
萩城下町 (萩市)
はぎじょうかまち (はぎし)
白壁の武家屋敷、夏みかんが顔を出す土塀など、城下町として栄えた町並みが色濃く残り、古民家カフェや雑貨屋、史跡が点在。世界遺産に登録されています。
萩・明倫学舎 (萩市)
はぎ・めいりんがくしゃ (はぎし)
藩校跡に立つ日本最大級の木造校舎を利用した観光拠点施設。世界遺産や幕末の歴史について気軽に学べます。
秋芳洞 (美祢市)
あきよしどう (みねし)
総延長11.2km超を誇る国内屈指の大鍾乳洞。約1kmの観光コースには「百枚皿」「黄金柱」など、不思議な鍾乳石が連続。洞内は通年で気温17℃と快適です。
長州チキンステーキ
山口県が誇るブランド鶏「長州黒かしわ」や「長州どり」を堪能できるメニューで、主に長門市で味わえます。和風、洋風、焼き方、ソースなど、店ごとのこだわりもお楽しみ。
長州海鮮まぶし
旬の魚をご飯の上にのせ、「ひつまぶし」さながらに味わいます。三方を海に開かれた山口県は特に魚種も豊富で、その日のネタは旬ごとのお楽しみ。萩市のお店で提供中です。
長州海鮮うにしゃぶ
ウニで仕立てた濃厚スープで山口の海鮮をしゃぶしゃぶする贅沢な一品。具材には、長門市のブランドウニがついていて、まさにウニ尽くしのメニュー。萩市のお宿で提供中です。
キャッチフレーズ「おいでませ ふくの国、山口」の下、『絶景』『体験』『グルメ』をテーマとした様々な取組を進めています。
山口県内のアウトドア体験利用料の割引キャンペーンを行っています。
利用期間
7月1日(月)〜9月30日(月)
※予算上限に達し次第、終了
東京で山口県が楽しめるアンテナショップ『おいでませ山口館』
外郎、日本酒、蒲鉾やふぐ加工品、瓦そばなど山口県の特産品を取り揃えています。
住所:東京都中央区日本橋2-3-4 日本橋プラザビル1階
営業時間:10:30~19:00 TEL:03-3231-1863
やまぐち食彩
自然豊かな山口県は多彩な海の幸、山の幸に恵まれ、
全国有数と評される「食の宝庫」です。
こうした魅力あふれる「食」について紹介します。
山口県の地酒
海・川・山・里の幸が豊富で、古くから美食の文化が栄えてきた山口県。お酒も、さまざまな料理と楽しめるよう、米本来のおいしさや個性を追求する酒造りが行われており、蔵ごとに味の異なるこだわりの日本酒が楽しめる。
萩市の風景が見える酒を目指して
山口の名酒「東洋美人」を生み出したのは、
味と品質を追求し続ける「王道の日本酒造り」
「山口県は酒蔵同士の絆が日本一強い県かもしれません」と話すのは山口県萩市の山あいにある澄川酒造場の4代目蔵元杜氏、澄川宜史さん。
澄川さんは、学生時代、山形県の地酒「十四代」の蔵元「高木酒造」で酒造りを学び、実家の酒蔵を継ぐために1998年に帰郷しました。「当時、日本酒は全国的な低迷期にあり、山口の酒蔵が生き残るには、いい酒を造るしかなかった。だから情報や技術を共有し、切磋琢磨したんです。それぞれが理想の酒を追求した結果、『山口の酒はどれもうまい』と言ってもらえる今がある。ライバルというよりも同志という思いが強いです」。
澄川酒造場の銘柄はただ一つ、初代が亡き妻を思って名付けた酒「東洋美人」のみ。「フレッシュで華やかな香り、やさしいお米のうまみと甘み、みずみずしいほどの透明感がある喉越しが東洋美人の特徴です」と澄川さん。大水害など幾度の苦境も経験してきましたが、どんな時でも奇をてらわず、おいしさと品質の両面で100%を求める「王道の酒造り」をひたすら貫いたそうです。今では、世界最大級の日本酒コンペティションで3年連続第1位を獲得するなど、山口県を代表する人気酒です。
「萩市の風景が見える酒を造りたい」という澄川さんが使うのは、厳選した萩市の米と、酒蔵が立つその土地の水。そして、長い年月をかけて培った伝統を大切にしつつも、データに基づいた酒造りを徹底することで、おいしさと品質を追い求め続けています。
東洋美人に合う料理を聞いてみたところ、「全ての食に合いますが、強いて言うなら、フグや山口県の北浦で取れる新鮮な魚介と楽しんでもらいたいです」との回答が。
最後に、今後の目標を尋ねると、「自分がおいしいと思える酒を造ることはもちろん、日本酒が苦手な方を含め、日本酒の入り口となれるようなお酒でありたい。そして何より、魅力ある山口県の地酒であり続けたいです」と語る澄川さん。自身の酒造りを「命を削る酒造り」、出来上がった酒を「作品」と表現する澄川さんは、「今が一番酒造りが楽しい」と笑います。よりおいしい酒を、より上質な酒を…。この先も挑戦は続きます。
甘味、酸味、うまみが絶妙に調和した東洋美人の最高峰酒「東洋美人 純米大吟醸 壱番纏」。「持てる技術の全てを注ぎ込んだ」という。(左)澄川酒造場の酒造りに共感し山口県内外から集まってきた蔵人たち。「酒造りは物理、化学、生物、数学の問題ですが、蔵人の手は欠かせない。最終的には人の五感に関わるものだから」と澄川さん。伝統と技術、志を次世代につなぐのがその使命だそう。(右)
代表取締役社長 4代目蔵元杜氏澄川 宜史(すみかわ たかふみ)さん
山口県萩市生まれ。東京農業大学醸造学科在籍中、名酒「十四代」で知られる高木辰五郎氏の弟子として薫陶を受ける。2004年、澄川酒造場の4代目に就任し、「東洋美人」を人気銘柄に育て上げた。情熱を持って酒造りに取り組む姿勢は業界内でも一目置かれている。
西京はも
瀬戸内海で漁獲される『西京はも』は、山口県が誇るブランド魚の一つ。口当たりがよく、ほどよく脂が乗った『西京はも』は、山口県内や関西方面を中心に出荷され、高い評価を得ている。梅雨の水を飲んで旨くなると言われるように旬は夏。より脂が乗ると言われる秋の「落ちはも」も美味。
山口県は全国有数のハモの産地!
脂が乗ってうまみたっぷり「西京はも」
美しい純白の身で、上品な甘みとうまみが特徴の高級魚「ハモ」。
「山口県の瀬戸内海沿岸は全国でも有数のハモの産地です。主に周南、防府、宇部の漁港で、はえ縄漁法や小型底びき網漁法で漁獲されます。約700〜1500グラムのサイズで活魚出荷された山口のハモを、山口が室町時代から『西の京』と呼ばれていることにちなんで、『西京はも』と呼んでいます。ハモは淡白なイメージがありますが、西京はもは脂が乗って、うまみたっぷりなのが特徴です」と話すのは、防府市向島で底びき網漁をする漁師の倉持健太さん。地域のハモ共同出荷協議会の代表も務めます。「私が漁を行う防府沖は、遠浅で砂泥状の海底が広がり、ハモの産卵地に最適で、古くからハモ漁が盛んだったそうです」。倉持さんが拠点とする向島漁港も、かつて底びき網漁船がひしめき合うほどに並んでいましたが、現在は、後継者不足や漁獲量の減少など大変なこともなかなか多く、「私が漁師になった当初は、一度に300キログラム揚がっていましたが、今では100キログラムを切ることも。ただ、数は減ってもおいしさは変わっていません」と倉持さんは話します。
西京はもは、関西か地元で流通するものがほとんど。食文化が根付いていないことや骨切りができる職人がいないこと、鮮度の問題など、さまざまな理由で関東ではあまり出回らないそう。「私の住む防府市では、技術を磨いた職人が調理したものは『天神鱧(てんじんはも)』と呼ばれて親しまれていますし、県内では湯引きやフライ、骨切りを終えたフィーレがスーパーに並ぶなど、比較的身近な食べ物になっています。関東でも西京はもが当たり前に食べられるようになることが目標です」と倉持さん。
最後におすすめの食べ方を尋ねると、「やっぱり湯引き。脂の乗ったうまみはたまりません」との答えが。一年で最もおいしいのは、山の栄養分が川を伝って海に流れ込む梅雨を過ぎたあたりだそうですが、「土瓶蒸しやしゃぶしゃぶで楽しむ秋の『落ちはも』も美味。加工品であれば、手軽に取り寄せられますし、とにかく一度食べてみて、おいしさを味わってもらえればうれしいです」。漁師自慢の西京はもを、ぜひ一度ご賞味ください。
ハモには体軸に平行また斜めに走る無数の小骨があるため、包丁を入れながら細かく切断していく「骨切り」を行います。骨切りは肉質に歯ごたえを残しつつ、食べやすい硬さへと変化させます。(右) 餌となるエビや小魚が豊富な山口県の好漁場で育ったハモは、脂質が多く、うまみたっぷり。そのおいしさを堪能するには、白い花がふわっと咲いたような美しさと上品な味わいが魅力の湯引きがおすすめ。(左)
山口県漁業協同組合 吉佐統括支店 ハモ共同出荷協議会 代表 倉持 健太(くらもち けんた)さん
佐賀県出身。海への憧れから自動車メーカーを退職し、防府市向島にて小型機船底びき網漁を手がける漁師に転身。就業にあたり、「担い手支援日本一」を目指す山口県の漁業就業支援制度を活用。現在は地域のハモ共同出荷協議会の代表も務める。
やまぐち暮らし
本州の西端に位置する山口県は、東京まで飛行機を利用すれば約1時間30分。
生活に必要なものは身近なところでひと通りそろう、心地よく、不便なく暮らせる「暮らしやすいまち」です。
さらに、さまざまな制度が充実し、起業するにも、子育てするにも最適。
ここからは、自ら「やまぐち暮らし」を選び起業の夢をかなえたり、憧れの仕事をしたり、
のびのびとした子育てをしたりと、充実の日々を実現している方をご紹介します。
人生の後半戦は山口県で!
未経験の林業を生涯の仕事に
早期退職で山口県にUターン。
51歳で林業・農業に挑戦!
櫻井博さんは、31年間、大阪で主に半導体メモリ関連の商品開発に従事していましたが、早期退職し、地域おこし協力隊としてUターンしました。
「就職した当初からいずれは山口県に戻るつもりでした。定年まで待たずに早期退職してUターンしたのは、50歳が人生の折り返し地点だと考えたから。後半戦は大好きな故郷で過ごそう、定年がある会社員ではなく、個人で一生続けられる好きな仕事をしようと思ったんです。それに娘2人も成人し、親の務めも果たせたのかなと。ちょうど祖先の地である下関市豊田町で地域おこし協力隊の募集があり、迷わず応募。ありがたいことに任命してもらえました」
子どもの頃からなじみのある豊田町に協力隊として移住した櫻井さん。任期中の任務として「豊田町を拠点とした林業と農業の振興」を掲げました。
「任期を終えた後に一人でできる仕事をと考えた時、思いついたのが林業と農業でした。より魅力を感じたのは林業です。農業だと種をまくところからですが、林業は切り出すところから。言うなれば、収穫からスタートできるんです。豊田町には今から50~60年前に植林した山がそのまま多く残り、立派に育った木、つまり資源が豊富にあるんです。それに、米や野菜と比較して林業は日々の天候に左右されづらい。何より、子どもの頃、墓参りのたびに何気なく見ていた山々が、今はとても大好きな場所になりました。林業を主軸に農業も営む、これが自分に最適なスタイルですし、豊田町の主要産業を盛り上げていきたいと思いました」
移住後、櫻井さんは、(一財)やまぐち森林担い手財団や下関市が実施する研修などで林業を学び、農事組合法人で農業も学びました。そうして学ぶうちに林業・農業関係の方々とは自然に距離が縮まったそうですが、地域の方々とはどのように打ち解けていったのでしょう?
「自治会の手伝いや集会に積極的に参加したり、自分の活動をつづったチラシを作って配ったりしました。地域おこし協力隊の肩書きがあるおかげで飛び込みやすかったこともあり、思っていたよりすんなり溶け込めたと感じています。移住を考えている方には、協力隊になることも一つの方法としておすすめします」
移住して5年、今ではすっかり地域になじみ、山口県の鳥獣保護管理員も務める櫻井さん。協力隊の任期を終えた現在、里山資源の地域循環活用を目指した林業・農業に取り組む「のーともり舎」を創業。間伐主体の持続的な森林施業を目指す「自伐型林業」、まきの生産・販売や、原木椎茸栽培、野菜栽培など、さまざまな事業を展開。
「林業は単に木を切り出すだけではなく、山を整備し、美しく保つことで災害を防ぐ社会的意義のある仕事です。私にとっては大好きな山で自分の思うように仕事ができ、地域貢献という誇りも感じられる最高の仕事です」
最後に櫻井さんに山口県の魅力をお聞きしました。
「自然豊かで空気や水、食べ物がおいしいところ、交通の便がいいところ。特に豊田町は車で北九州まで1時間、新幹線の乗車駅も空港も1時間以内で行けますから、都会が近い感覚です。田舎と都会、それぞれのいいとこ取りができるのは、山口県の大きな魅力ではないでしょうか」
山口県の林業を守り、若い林業従事者を増やすことが現在の目標という櫻井さん。山々を愛おしそうに眺める優しい表情が印象的でした。
櫻井 博(さくらい ひろし)さん
1968年、山口県下関市生まれ。就職を機に大阪へ。2019年3月に31年勤めた電機メーカーを51歳で早期退職し、翌月、地域おこし協力隊としてUターン。3年間の任期終了後、2022年4月に里山資源の地域循環活用を目指した林業・農業に取り組む「のーともり舎」を創業し、現在に至る。
のーともり舎
Webサイト山口県の中山間地域には
無限の可能性が!
移住就農するなら山口県へ。
おいしい野菜を届けたい!
移住を機に料理人から農家へ
2015年に山口県萩市に移住した細田実さん。現在は萩市の山間部で、イタリアントマトを中心に40種類以上の野菜を生産するミノルファームを営みます。細田さんは福岡で生まれ、高校を卒業後、大阪の料理専門学校で学び、愛知のイタリアンレストランや東京のフレンチレストランに勤務。さまざまな土地で生活した細田さんですが、なぜ萩市を永住の地に選んだのでしょうか。
「父は萩市出身、母は山口市出身で私のルーツは山口。子どもの頃は毎年祖母の家がある萩市に遊びに来ていました。移住を決めたのは、故郷の萩市に戻っていた両親の近くで暮らすためです」
長年、料理人として腕を振るってきた細田さんは移住を機に就農。新たな道を歩み始めました。
「料理人をするうちに、だんだんと食材そのものや農業に興味が湧いてきました。それで、東京で開催されていた全国最大規模の就農相談会『農業人フェア』に参加したところ、そこに来られていた山口県の職員の方と意気投合しました。その直後に移住が決まり、これを機に農業に挑戦しようと思ったんです。それでフェアで出会った職員の方にすぐに連絡し、萩市で野菜作りがしたいと相談しました。それから、萩市役所につないでもらい、農事組合法人を紹介していただきました」
移住後、その農事組合法人に就職した細田さんは、一から農業を学び、半年後には植え付けから収穫まで全てを任されるようになりました。そして、就職して1年半が過ぎた頃、有機農業に挑戦すべく独立し、イタリアントマトのハウス栽培をスタートしました。
「就職後は、県が実施していた農業経営塾で経営戦略を学ぶ一方で、農家の集まりで有機農業の勉強も始めていたので、いつか挑戦したいと考えていました。萩市の職員の方にハウスで野菜作りをしたいと相談すると、引退される農家さんを紹介してくださり、ビニールハウスを譲り受けました。山口県も萩市も移住者や就農者への支援がとても手厚い。特に移住就農にはおすすめの地域です。高齢化や後継者不足で農家の数こそ減っていますが、私は逆にそれがチャンスだと考えています。田んぼや畑、ハウスを譲り受け、若い人を呼び込めば何か大きなことができるはずとワクワクしています」
独立1年目から2年連続でイタリアントマトの一つ「ロッソナポリタン」のコンテストで優勝するなど、細田さんの栽培技術はお墨付き。そのほか、ニンジンやアスパラ、白オクラなど、多彩な野菜たちも好評でリピーターも多い。
農家として順調にステップアップしている細田さんは、プライベートも充実。移住後に出会った栄養士で料理講師の仁美さんと2018年に結婚し、現在は2人のお子さんと家族4人で楽しい毎日を過ごしています。
「ハウスは山間部にありますが、住んでいるのは漁港がある浜崎地区です。移住者も多く、あっという間に地域に溶け込めました。学校も徒歩圏内ですし、病院もスーパーも充実していますので、暮らしの中で困ることはありません。妻いわく、海も山もある萩市は自然が多く、子どもたちが伸び伸びと成長しているのと、おいしい食べ物がたくさんあるのが魅力だそうで、私もそう感じています」
細田さんの目標は二つ。一つ目は萩市に有機栽培に特化した地域を誕生させること。二つ目は栽培した野菜を仁美さんとおいしい料理にしてたくさんの人に提供できる場所をつくること。
「若い人をどのように呼び込むかなど課題はありますが、萩市の農業はまだまだ発展する可能性を十分に秘めています。有機農業に興味がある方がいれば、ぜひ声をかけてください」
畑を駆け回る子どもを笑顔で見つめる実さんと、仁美さん。その表情からは、山口暮らしの充実さがあふれていました。
ミノルファーム設立1年目から2年連続コンテストで優勝した「ロッソナポリタン」。おいしさはもちろん栄養価の高さも評価のポイント。
細田 実(ほそだ みのる)さん
福岡県生まれ。愛知県や東京都のレストランで料理人として腕を振るう。その後、山口県萩市にIターンし農業の道へ。2017年に「ミノルファーム」を設立し、イタリアントマトの有機栽培をスタート。現在はハウスや露地にて40種類以上の野菜を栽培。将来の夢は農場直営レストランを開くこと。妻の仁美さんとお子さん2人の4人暮らし。
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